伝記
「私は実際、神を信じてエホバの証人であり続けていることを非難されています」と、ガリーナ・プリヴァロワは、極端主義の罪で起訴されたことについて法廷でコメントしました。
ガリーナは1967年1月、ノヴォアレクセーエフカ村(ヘルソン州)で生まれ、そこで子供時代を過ごしました。母親は病院の小児科で働き、父親が家族を離れたため、ガリーナと兄を一人で育てました。母親は2000年に、兄は2003年に亡くなりました。
ガリーナは自然の中で過ごすことが好きで、ハイキングやキノコ、サンザシ、イチゴ狩り、釣りによく行きました。学生時代は陸上競技、バレーボール、バスケットボールをしており、地区の陸上や砲丸投げの大会にも参加していました。また、絵を描くことや読書、クッキーを焼くことも好きでした。
1984年に学校を卒業し、翌年にはシンフェロポリ職業技術学校を「菓子職人」専攻で修了しました。卒業後はシンフェロポリの食品技術学校の食堂でパン職人として働き、そこで将来の夫と出会いました。1986年に結婚し、翌年に息子が誕生。息子はよく病気になったため、ガリーナは子供の側にいるため保育園の補助教員として働くことになりました。2008年からは警備の仕事をしています。
息子の誕生後、ガリーナは人生の意味について考え始め、疑問の答えを探すために子供用の聖書を購入しました。1994年にはエホバの証人と神の特性について会話する機会があり、その内容が彼女の心に響きました。5年後、エホバの証人としてバプテスマを受けました。
ガリーナは脊椎の病気を抱えていますが、それでも自然の中で過ごす時間を見つけています。野菜や花を育てることが好きで、特にケーキを焼くのが得意です。
2026年1月、ガリーナに対して刑事事件が立件されました。家宅捜索と取り調べの後、血圧が上がり頭痛がひどくなり、2日間まったく眠れなくなりました。ガリーナは病院を受診し、検査と10日間の点滴治療を受けました。息子はガリーナを心配し、この困難な状況の中で支えています。
